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2010年4月24日 (土)

ミャンマーの糸のこ一族13

バゴダを後にして、今度は買い物ツアーだ。はじめにダウンタウンにある布製品の店に立ち寄ったのだが、道を歩いていたら、ミャンマー人がこちらをじろじろと見るから落ち着かない。そんなに外国人が珍しいかい。でも、この街の雰囲気も、やっぱ面白いぜ。
「どうして、アパートの窓に鉄格子がしてあるの?」と言う問いに、ガイドは「落ちないため」「泥棒に入られないため」だと言う。ミャンマー人は敬虔な仏教徒が多いから治安が良いとガイドブックに載っていたが、やはり泥棒もいるのだな。ふーむ、なるほど。
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 そして布製品に店に入り、俺はこの店で、娘のお土産にとバッグを買った。11000チャット。11000チャットと聞くと、すっげー大金のような気がするが、ドルだと11ドル(日本円だと約990円くらい)だ。ドルで支払おうと思ったら、ここはチャットの店だと言われたので、行政書士の先生のにチャットとドルを交換してもらって支払った。
「値切らずに、買いますね」と、女性社長に言われたが、純真な俺は値切ると言う行動など思いつかなかった。長野県民は値切るという行為はあまりしない。大阪生まれの俺だが、もう、すっかり長野の人かな?なんてね〜。

 そして、次は、高級住宅街の中にある「アートアンドデコ」というお店に向かった。ここは高級住宅が立ち並ぶ界隈だ。さっきまでのダウンタウンと違って一軒家ばかりだ。丘の上のいわゆる山の手の高級住宅地という感じ。お金持ちや外国人が住んでいるとのこと。神戸の異人館通りのような町並みを見ながら細い道をバスが上る。そんな高級住宅地の中にある、ちょっと洒落たお店が「アートアンドデコ」だった。
 この店には漆製品、銀製品、木製品、アクセサリーが扱われていた。
 初めに目についたのは、木で作られ、色が塗られた木彫りの人形。ミャンマーには135の民族が存在するとのことだが、この人形はミャンマーの民族を象ったものだ。日本のフィギュアのような人形でなかなか奇麗に仕上げてある。結構な高級品だと思われた。
 結局フィギュアは買わずに娘用にとブレスレットを、そして、鹿の形をした銀のフォークスタンドを買った。これは末っ子が喜びそうだ。
「お土産買って来てね」と目を輝かせていた末っ子の可愛い顔が思い出される。
 実は俺は旅先に行くとお土産屋さんを見るのが大好きだ。大学生くらいのときに愛媛県の母の実家に行ったときなんか、彼女もいないのに真珠のアクセサリーが欲しくて仕方がなかった。ああいう奇麗なものを見ると自分自身が乙女チックになってしまうのだ。奇麗なものを見ていると飽きない。何時間でもずっと眺めていれる気がする。
 子供へのお土産と言いながら、結局、自分が美しいと感じるものが欲しくなる。娘へのお土産ばかり選んでしまうのは、そのせいだと思う。
 その店には隣接して工房があるとのこと、木工の見学ができるというのはここのことだったが、時間が遅くなったので、あいにく工房は閉店となっていた。
 そして、もう一軒、別の漆の店を回ってホテルに戻った。

その晩の食事はM社の案内で、ちょっとした晩餐会だ。ここでも、何処のなんというお店に行ったかはメモもしなかったが、このあたりでは高級なレストランのようだった。湖の上のレストランだったと思う。
 入口あたりに王様と王女だかの格好をした若い男女が座っていたが、店に雇われているモデルだと思われた。そこで記念撮影もばっちし。
 このお店はタイ料理の店とのこと。料理はバイキング式になっており、ステージもあり、ミャンマーの糸操り人形やミャンマーの民族舞踏などを見せてくれる。
 我々はそれぞれに料理を取りに行き、全員揃ったところで乾杯となった。俺はここで、とうとうビールで一杯って行為に踏み切った。
「ははっはははは。ビールはやはり上手いぜ」
  しかし、やはりビールはまだ危険だ。初めの一杯だけにして、残りの時間はミャンマー茶を飲むことにした。ちょっとハーブティーのようなお茶だが、俺はこのお茶にはまってしまった。俺は、このお茶を何杯もお代わりして飲んだ。身体に良い気がした。
 料理は、格別美味しいというものではなかったが、スパイシーな味つけがたまらなく俺に合い、お腹に良い影響を与えてくれるような気がした。
 「ふふふ、ふふふふふふ。」
 他の一行とは今日でおわかれだ。明日からは閣下と二人で別行動となる。
 古代遺跡や気球の旅が待っている。
 だが、俺はやはり腹に不安があった。明日からも、かなりのハードスケジュールになるようだ。毎日、飛行機に乗り移動することになっていた。移動の移動。このハードスケジュールで体力を失うと俺の腹具合はどうなるのだろうか?実は、ちょっと怖じ気づいていた。
 まだ、腹の調子が完全に完治したというわけではない。果たして無事に旅を終えることができるのだろうか。
 早く寝て、体調を整えるしか無い。とにかく体調管理だけは気をつけよう。そう思った。そして、時間が経てば、体調は快復していくだろう。
 寝るぞ〜。
 寝た。
 起きた。
 夜2時くらいだ。
 そして、トイレに行った。
 何故か、丑三つ時に目が覚める。今晩もうんことの闘いだ。いや、今回はうんことの対話と言っておこう。
「出た〜〜〜〜〜。」、結構、まともな形の便だ。
「やったぜ便ビー(ベイビー)あああ、おっほほっほー、お〜ほほほほほ。」、キャラメルコーンのコマーシャルを思わず口ずさんでしまいそうだった。
 俺は、ようやく形となってきた便を出したことで、少し安心した。
 さあ、寝るぞ〜。
 寝ようと思っていたら、笑いがこみ上げて来た。何故だ、しかし、これは別にうんこが出たことが嬉しかったせいではなさそうだ。
 わかった。きっと、ミャンマー茶の効果だ。
 実はミャンマー茶には笑い薬の効能があるのではないか?そんな風に思った。
 俺はヤンゴンでホテルのベッドで横になりながら、夜中の二時頃、一人で笑っていた。
「ふふふ、ふふふふふ、ははははは」
身体の力が抜けたような感じ、スパイシーな料理とミャンマー茶の効能のおかげで、俺は心身共にリラックスしているんじゃないか、そう思った。
 ありがとうミャンマー茶!!
 あなたは笑い薬なのですね。
「ふふふ、ふふふふふ、ははははは、ひゃひゃひゃひゃひゃ」
 そして、俺は眠りについた。

 朝は気持ち良く目覚めた、シャワーを浴び、朝食に行く支度をした。7時半に矢野閣下とレストランで待ち合わせをしていた。朝食はホテルの1階のレストランで、こちらもバイキング式になっている。
 俺はレストランに入って矢野閣下を探したが見当たらないので、とりあえず、一人で食べることにした。
 このレストランにはミャンマー料理からインド料理、タイ料理、日本料理まで用意されていた。
 ミャンマーの主食はモヒンガだと聞いていた。米で作ったソーメンのようなものだという。このモヒンガは是非食べておかなければならない。
 「さあ、食べるぞ〜。」
 M社のマネージャーがやってきた。
「矢野さんは一緒じゃないんですか?」
「ええ、まだ来られないみたいです」
「一緒に座ってもよろしいですか?」
「どうぞ」
 M社のマネージャーは俺よりも2、3歳若いようだが、しっかりしている人で、将来はM社をしょってたつ人物ではないかと矢野閣下は言っていた。マネージャーにいろいろミャンマー情報など聞きながら、食事に浸った。
  俺は、やっぱり、このスパイシーな味が身体に合うようだ。どんどん、健康になっていく気がする。もしかして、俺の前世はミャンマー人だったのか?なんて思った。
 モヒンガも美味い。スープが美味い。モヒンガは、スパイジーなスープのソーメンだと思えば良い、もちろん、店によって味付けは違うのだろうが、なんとも言えない匂いとススパイシーな味付け、病み付きになってしまう。
 「うちは学校もやってるんですよ」
 M社はミャンマーで学校をやってりうのだと話してくれた。どのような学校だろうか、日本語を教えたりしているのだろうか。
「糸のこ教室とか出来たら面白そうですね」
 俺は、さりげなく宣伝をしてみた。
 ミャンマーで糸のこ教室。夢のような話だ。きっと、ミャンマーの子供達は喜んでくれるし、ミャンマーの新しい観光産業としても糸のこ木工は注目できる分野だと思う。
 ミャンマーで糸のこ学校、いつか現実になるだろう、きっと。


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