日記・コラム・つぶやき

2017年11月25日 (土)

徒然なるままに

ゆっくりと日曜日にデパートやショッピングセンターに行って、買い物を楽しむという暮らしは、サラリーマン時代にはよくあったのだけど、自営業で木のおもちゃ作りをはじめてから、随分減った。
今、土曜日や日曜日、祭日やゴールデンウィークも、まず仕事をしているし、以前は正月から仕事をしてたし。

仕事終わりに、自動車で街に出かけるだけでも、休みって気分を味わうことができるようにもなってしまった。

スタッフが出勤して来ない日に、工房で、自分のペースだけで働いている時に、なんだか至福の時っ気分もまんざらでもない。

ただ、気持ちのどこかに焦りや、ストレスを抱えているから、本当に意味では寝てても休まらない。

子供の時のように、安心して眠れたら幸せだろうなって思う。

いつか、そんな時を迎えたい。

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2017年10月 6日 (金)

ただ、それだけ

面白いものを作り、それを皆さんに喜んでもらいたい。ただ、それだけです。

30年前の自分は、自分が木のおもちゃ作りを仕事にしているなんて、思ってもいなかった。

20年前の自分は、自分が木の人形アニメ映画を作るなんて思ってもいなかった。

一つ何かをやると、新たな何かが生まれ、そして、そこから新たな目標が生まれた。

今は、木の人形アニメ製作を仕事にすることが目標となった。

人から見たら小さなことでも、自分にとっては大きなことだったりもする。

けなされることもあったり、バカにされたこともたくさんある。

だけど、そんな中で、応援してくる人がいて、そんな人の気持ちが嬉しい。

世間からすれば、大した男じゃないかもしれないが

自分からすれば、よく、ここまでやったと褒めてやりたい。

いい大人になってしまったけど、子供みたいなものだ。

色々なものを取り払うと、「面白いものを作って喜んでもらいたい」ただ、それだけだ。

だから、年齢に翻弄されることなく、まだまだ、面白いものを作ることを目指して歩いて行きたい。

そんな自分を笑って許してくれている妻には本当に感謝だ。いつか、二人で世界一周の船の旅にでも行ってみたいな〜。

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2017年10月 2日 (月)

変えるのは自分だ。

政治家だけが国を変えるのではなく、我々一人一人が、己の信念に向かって進んでいくことが、大きく皆の心に響き、国を変えていくんじゃないかと、そんなことを考えました。

それは、自分が正しいと思い、進みたいと思う道を目指して歩んでいくことです。

ある意味、政治に翻弄されるなということです。

毎日を真摯に生きて、まっすぐに生きることです。そこから自分の世界が変わり、周りが変わります。誰かに頼るのではなく、自分が自分らしく生きることから、周りが動きます。

そう思って、まっすぐに生きることです。

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2017年9月28日 (木)

サンキュー!!ありがとう!!

サンキュー!!

ありがとう!!

おかげで、俺は、もっと頑張るぞ!!て、また大きな目標を持つことができた。

失うことは辛いけど、まあ、そのおかげで、また一回り大きくなってやろうと思う。

目標が持てなくなった時が最後。

新しい目標ができた。

必ず、それをものにする。

サンキュー!!

ありがとう!!

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2017年7月24日 (月)

ナルカリ

もはや、木工をやっていると言うよりは、木を使ってナルカリをやっているのかと思います。木は同志であり、家族のようなものだと考えてみました。

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2017年7月22日 (土)

表現について

そのそも表現をしたいから、自分は木工や糸ノコパフォーマンスを始めたんです。
人間は表現をしたい生き物です。

お腹が減った時に食事をしたり、危険にさらされた時逃げたりに行うのは衝動でしょうか?
表現とは自己表現。自分が自分であることを他人に知らせるために行うということでしょうか?

僕は学者や、医者じゃないから、正確にはお伝えできませんが

例えば音楽や絵画は芸術というジャンルに分けられます。

また芸術やスポーツは表現というジャンルに分けられると思っています。

そして、その表現が仕事と融合することを大きく望む人がいるのです。

自分は今、糸ノコや木のおもちゃを通して表現をしているのです。そして、それが仕事として成り立つことをずっと探ってここまで来たわけです。

会社を優先して行う仕事は表現とは言えません。どこかで自分を抑えているから自己を表現できないのです。

開かれた表現とは、自分が思うままに表現するところから始まります。それは自分が望んでいる表現です。表現が最初にあります。

望んでいる表現が仕事として成り立った時に、満足を抱きます。なぜなら、仕事として表現できている時に、初めて生存ことにつながるからです。現代の世の中ではお金を稼ぐことが生存する価値とつながるからです。

ただ、木工として高い収益があり、その余裕から映画が撮れるとしたら、その表現は自由です。

それもアリですね。


もっと余裕が欲しい。

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2017年7月 4日 (火)

美ヶ原高原を歩く

月曜日、梅雨の合間。朝ちょっと仕事をしてから思い立って、妻と二人で美ヶ原へと。
ここに来るのは2度目かな?
子供が小さい頃に美ヶ原美術館に行った思い出ある。

今回は山本小屋から王ヶ頭へ向けて歩きました。

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最初は、定番の牛を横目に歩きます。

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王ヶ頭を通り越し、先に王ヶ鼻へ。ここの景色が美ヶ原で一番、見晴らしが良いみたい。
王が鼻まで、山本小屋から50分くらいかかりました。

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こんな、眺め。松本市なのかな?

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そして王ヶ頭へ。
王が鼻から15分〜20分くらい戻る。そして山本小屋に戻ることに。

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少し歩いて王ヶ頭ホテルやテレビ塔を振り返る。あれがお城だったら、かなり素敵だろうね。おとぎ話に出て来るお城みたいだわ。
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そして、牛再び。

今回歩いたのは、やさしい遊歩道のコース。他にも色々とコースが有るので、ネットで地図を検索してみると良いですね。
山本小屋14:00→王ヶ頭ホテル15:00→王ヶ鼻15:15〜15:30→山本小屋17:00

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2017年3月31日 (金)

覚醒。

自営業をはじめてから20年。
基本的には木製品を作って売るというのが仕事だが
そこから波及して、糸ノコショーや糸ノコ寿司のパフォーマンスや実演もやって来て、それも仕事の一貫として行って来た。

20年、色々とチャレンジしてきたけど、何が得意で何が苦手なのかということが、ようやく見えてきたかも。

そして、今、自分は木の人形アニメに夢中だ。
今の目標は、そのアニメを仕事に結びつけること。そこにある。

やりたかったこと。やってみたかったこと。やってよかったこと。

この20年。色々やった。やらなかったら、何も見えなかっただろうね。

20年というのは、節目なのかもしれないね。ここを、どう乗り越えるかだ。

覚醒。

約束しよう。僕はきっと、今までになく、面白い作品を作るよ。

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2017年2月 8日 (水)

鷲ヶ峰スノーシュー&カンジキ

久々に歩いてきました。

今回はスノーシューでの遊歩道山歩き

八島ヶ原湿原入り口から鷲ヶ峰山頂へのちょっとしたハイキングです。往復2時間の雪山歩きとなります。

秋に八島ヶ原湿原から車山肩まで歩いて一周したことがあり、今回は違うコース。軽い登山的な感じです。

実際はスノーシューがなくても軽アイゼンくらいがちょうど良いのかな?よくわかりませんが、遊びに来ていた他の人たちも皆スノーシューを履いていました。


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スノーシューと言っても、私はカンジキです。

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このカンジキは7、8年くらい前のカンジキ作り体験教室で作ったものです。履くのは2回目となります。紐の結び方を忘れてしまい、結ぶのに少し手こずりましたが、なんとか自己流で結んで、うまくいきました。

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これは買ったばかりのスノーシュー。妻に履いてもらいました。比較的安価なものですが、十分用が足ります。

DOPPELGANGER OUTDOOR アルミ合金スノーシュー キャリーバッグ付属 【バランスの良い25inch】 SW-10B



奥に富士山が見えます。
実際は画像よりも綺麗に見えました。

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天気も良くて、比較的暖かかった。風が強い時もありましたが、特に問題なし。

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樹氷

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とにかく楽しかったです。

自分たちにはこれくらいのコースが調度良いのかも。また、軽く歩けるコースを見つけて、行ってみたいと思います。

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2017年2月 4日 (土)

娯楽を作る。

映画やドラマを見ていて、その映画やドラマから何を感じて、どういう効果があって、どういう意味があるのだろうて考えることがある。 空想のストーリーに何の意味があって、何を求めているんだろうとか。映画を見ているときは感動して、その映画の主人公の気持ちに寄り添ったりしているんだけど、映画館から一歩外へ出て、スーパーでも買い物をしている間に、ほとんど内容も飛んでいっちゃって、だったら、そこに何の意味があったんだろうって。
まあ、いろいろ考える。娯楽という言葉で片付けてしまえばそれだけだ。ある意味、人生そのものも娯楽なのかもしれないじゃない。 いや、人は生きるために生きている。 全てが生きるために生きているのだとすれば、娯楽は生きるためにある。 なくてもきっと構わないんだろうけど、それがないとバランスが悪くなって生きにくくなる。 だから、そこに意味を求めてはダメなのかもしれない。 自分も作りたいから作る。 それで、良いのかもしれない。

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