« 2018年2月 | トップページ | 2018年5月 »

2018年3月の7件の記事

2018年3月21日 (水)

これは木のおもちゃ工房の作った映画だ

「これは木のおもちゃ工房の作った映画だ」とチラシやポスターに書いたように
スタジオナルカリの映画は、まさにテーマありきのストップモーション映画だ。

これから先も、木の世界を表現したアニメーション映画を撮りたいと思っている。

それには、いくつかの理由のようなものがある。

一つは、映画界に全く関わってきたことがなかった自分が、映画という一つのジャンルにおいて注目を浴びるには、この木の人形、おもちゃを使ったアニメーションしかできないと思っているからだ。

なぜ、注目を浴びたいかというと、この木の人形ストップモーションアニメーションを、仕事として製作できるマーケットを作りたいと思っているからだ。

映像業界から考えると、この年齢から映像を始めるというと、少し遅すぎるような気もするが、木のおもちゃ業界での経験は十分にある。

逆を言えば、映像業界の経験が多くても、木工の経験やノウハウがなければ、このようなアニメーションを作ることは難しいと思う。

自分は創作という仕事が好きだ。

ものを作ることも好きだけど。物語や世界観を伝えていくことに憧れがある。

その世界を、今、この人形アニメーションに賭けてみたい。

この部分においては、俺は、いつまでも子供であり続けたい。


Img20171019121258104494

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年3月20日 (火)

無題

この49年間生きてきて
そりゃあ、子供の頃はわからなかったからってのはあるだろうけど

今、一番怒りを感じている。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年3月18日 (日)

無題

悪党と小悪党。マフィア映画を見てるみたい。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年3月15日 (木)

目指すは世界のナルカリ

世の中に素晴らしい木のおもちゃや木工品がある中で、自分に何が作れる、何ができるのだろうと問うた時に、「木工の楽しさ」「木工への興味」を抱いてもらったり「木の良さ」や「自然との関わり」 を感じてもらえるきっかけになりたいなとも思うのです。

ナルカリらしさを描きながら、この仕事をやって来ました。少しずつ変貌を遂げながら、今のナルカリクラフトがあるのでしょう。

自分が行きたい場所を目指して、今できることをやっていきたいと思います。

ちょっとした決意を、改めて。

目指すは世界のナルカリです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年3月 5日 (月)

第三回四万十映画祭2018最終選考作品として選出していただきました。

木の人形アニメーション「MIRACLE TOYS THE BAR 君に会いたくて」第三回四万十映画祭2018の短編映画部門で最終選考作品(ファイナリスト)に選出いただきました。

3月24日の10時37分に上映予定となっております。
詳細は下記アドレスをクリックしてください。
http://2018.40010ff.com/?p=2484

Img20171019121258104494

| | コメント (0) | トラックバック (0)

進化と退化

発展は退化であり、衰退は進化なのである。例えば、生まれた時に持っていた能力が年齢を積むに連れて失っていく場合もある。それを進化と呼ぶのか退化と呼ぶべきかはわからないが、能力が衰えるということは退化なのかな。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年3月 3日 (土)

自身の制作した大型の人形の胴体部分をコンパクトにしようと考えていた。

自身の制作した大型の人形の胴体部分をコンパクトにしようと考えていた。

その時に、人形に魂が宿っているのではなくて、魂が人形に宿っていると考えると、人形を改造するという、少しためらいのある行為に対して、気持ちが楽になる気がした。

しかし、今、こうやって書いてたら、ある疑問にぶつかる。

人形を作った時点でその人形に魂が宿ったと思うと、説明がつかなくなる。

だから、要するに、もともと人間が心の中に魂の存在をイメージした時点で、物体に魂が存在するのではないかと思うのだ。

そう思い始めると、人間自体も、自分が心の中に相手の存在を認めるから、魂が存在する。

魂だけの存在を感じることはできないのではないかと。

例えば幽霊やお化けでも、なんらかのアクションが起こることで、そこに幽霊がいるのではないかと思うわけで、何もアクションを起こさなければ、気配さえ感じられないではないか。

気配を感じて、初めて、そこに何かがいるのではないかと思うわけだ。

だから、我々人間は、自ら感じることはできない。

書いていた、よくわからなくなってきた。



| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2018年2月 | トップページ | 2018年5月 »